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|去る6/12(金)大安吉日にして平日。

去る6/12(金)大安吉日にして平日。世間一般大多数の方々がお仕事の中、サービス業故に平日休みがメインの私。この日も仕事が忙しい土日に備えて自宅静養をしておりました。

午前中、軽井沢ミーティングの皆様方のブログやら写真を見ていると、

「平時の軽井沢とはいかなるものか?」

「前回は会場ボランティアスタッフの為に急いでいたが、今度はその手前の碓氷峠をのんびり走ってみたい」

「よし、軽井沢ミーティング2015メモリアルソロツーリングに行こうか」

と、思い立ち昼過ぎに哨戒単独行を決行することにしました。

出発時間が多少遅くても我地元埼玉県からは半径150km圏内に関東のほぼ全域を射程圏におさめることが出来る為、日帰りドライブも不可能ではありません(ちなみに軽井沢は片道120kmぐらい)。ここに地の利が存在する訳であります。

例えるならばラバウルの日本陸海軍航空隊基地〜ガダルカナル島敵連合国軍基地の往復2000km(日本のほぼ端から端)を飛んで戦い、過労で消耗戦を行ったゼロ戦ではなく、グアム・サイパンからほぼ日本本土全域を射程圏に抑え、往復6000kmを悠々と飛んで来襲したB29との違いかもしれません。私のお気に入りなので、本当にオススメです。

内容としては、

1,元・軽井沢ミーティング会場の手前にある碓氷峠をのんびり走る。

2,元会場に到着後、会場入口付近にて一人思い出に浸る。先日ボランティアスタッフの方々と共に自分自身はサーベルみたいにやたらと長い交通安全誘導棒を振りかざして、多くのロードスターと笑顔を見れたなあと感無量になる。

3,軽井沢タリアセンという庭園をぶらぶらしつつ、バラやら文学的歴史的な展示物を見たりとちょっとお勉強する。

3,両親が行き着けのジャズ喫茶に向かい、ジャズを聞きながらマスターやら他のお客人とダベりつつ、ウマイコーヒーをすする。

4,のんびり帰宅。

さて、来年の軽井沢ミーティングではどんか出逢いがあるでしょうか?今から楽しみです。

あと10か月!(長!)

ハルヒで言うなら古泉みたいな。

ハルヒで言うなら古泉みたいな。何あのキモカッコゲイ!とか言いながら
皆大好きで、中の人も大好きになっちゃうみたいな。

んでまぁ主人公と同じ様な呼び方しちゃうよね、というお話になりました。
ヨシダもそうなんですよね。カリブ海の旅行に行きたいです。
綾波、アスカ、ミサトさん、リツコさん、カヲル君、トウジ・ケンスケetc…

Rちゃんは碇司令も父さんと呼ぶ。
ヨシダは司令とかゲンドウと呼びますが…マダオとは呼ばないですよ?

んで、じゃあ主人公の事は何て呼ぶっけ?と思って。
シンジ君、とやっぱり君付けしてるんですよね。ヨシダもRちゃんも。
2人揃ってレイよりアスカ派ですが、アスカはシンジって呼びますよね。
(馬鹿シンジとも呼びますが/七光りとは呼ばないです、Rちゃん破見てないんで)
まぁレイみたいに碇君と呼ぶ事は先ず無いワケですが…

|本日鈴鹿にシェイクダウンに行ってきました。

本日鈴鹿にシェイクダウンに行ってきました。
前回のエンジンブローから約1年ぶりの鈴鹿です。

で、結果は、またエンジンブロー。

2枠目(チャレンジクラブでは本日3つ目の枠ですが)のアタック2周目、最終コーナー立ち上がってホームストレートに出たところで激しく白煙とオイルとクーラント噴いて終わりました。

オイルの処理で赤旗出してしまい、同枠走行中だった方々、申し訳ないです。のサイトです。avレシーバーのサイトです。

前回と同じく恐らく油圧系?なトラブルで焼き付いた感じで、そのままコンロッドが破損してブロックを突き破った感じです。
フルブロー。全損です...

さすがに、2回目(しかも1年越しとは言え鈴鹿で2回連続)は精神的にキツいですよ〜。と言うか、1年待ってやっと走れてコレですから。。

このまま帰らせてあげなさい。

わたしが目当てなら、他の者は関係ありません。このまま帰らせてあげなさい。

と、弟子たちを身の危険から守ろうとした。(7節〜8節)

また、これを持って、旧約聖書の預言がなされた。

そうこうしているうちに、イエスの弟子である、ペテロが敵の右耳切り落とした。(10節)

その時、イエスは!

●剣をさやに収めなさい。父なる神様がが自分に与えた使命は全うしなくてならないのだから。

とペテロに言った。(11節)

■目にとまった御言葉

●そこで、ペテロに言われた。『剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯をどうして飲まずにいられよう。』(ヨハネ18章11節)
プラウドフラット代々木八幡は私のお気に入りのマンション物件です。

ラミアール白金台

そういう意味ですと、新しい聖霊時代の幕開けは、ヨハネ20章1節にある復活の日は日曜日。

●マリアは、朝早くまだ、暗いうちに墓に来た。

という表現は、創世記1章2節にて、神様の天地創造の時、地はまだ、闇に覆われていたわけで、闇から光が射す始まりと一緒であるのだと思いました。

また、死という暗闇から、生という光に行く

神様が何か新しいことを始める時は、決まって闇の状態であり、光を射すことを通して、神様の栄光を現すのですね。

また、イエス様が復活したのは、日曜日ということで、一週間の始まりが日曜日なのは、ここから来ているのですね。

また、神様が新しいものが始める時、何を重視しておられるのかの御言葉を現すのが!

●平安があなたがたにあるように。(ヨハネ20章19節)

●弟子たちは、主を見て喜んだ。(ヨハネ20章20節)

いかに、神様が人の内に、平安と喜びをもたらせたいかがわかります。 引っ越ししたいです。ラミアール白金台に住みたいです。